日本最古の湯が息づく街|有馬温泉の歴史と魅力を歩く

日本三古湯のひとつに数えられ、古代から人々を癒してきた有馬温泉。

神話の時代から続く歴史、豊臣秀吉が愛した湯、そして現代の温泉文化が交差する温泉街です。

「金泉」「銀泉」という独特の泉質も有馬温泉ならではの魅力です。

目次

有馬温泉へのアクセス

古代の伝説と歴史的記録

神話に登場する「三羽のカラス」

有馬温泉のはじまりは、ただの「古い温泉」ではなく、神話レベルの物語から始まります。

『日本書紀』には、有馬温泉の発見について、こんなエピソードが記されています。

傷ついた三羽のカラスが、どこからともなく現れ、湯気の立つ泉に体を浸していました。

しばらくすると、そのカラスたちの傷が癒え、元気に飛び立っていった──

この様子を見た人々が、「この湯には不思議な力がある」と考え、そこから有馬温泉が“癒しの湯”として知られるようになったと伝えられています。

この「三羽のカラス」の伝説は、単なる昔話ではなく、有馬温泉が古くから“病を癒す湯”として意識されていたことの象徴でもあります。

現代のように成分分析ができない時代、人々は動物の行動や自然の変化を通して、「この場所には特別な力がある」と感じ取っていたのでしょう。

また、この神話が『日本書紀』という公式な歴史書に記されていること自体、有馬温泉が日本の歴史の中で特別な位置づけをされていた温泉であることを示しています。

「日本三古湯」のひとつに数えられる理由は、単に“古いから”ではなく、神話・歴史・信仰が重なり合っている温泉だからともいえます。

古代の天皇も訪れた名湯

有馬温泉が「日本最古の名湯」と呼ばれる理由のひとつが、古代の天皇が実際に湯治に訪れた記録が残っていることです。

『日本書紀』や『続日本紀』には、有馬温泉を訪れた天皇の名がいくつも記されています。

その中でも特に知られているのが、舒明天皇(7世紀)と孝徳天皇(7世紀)です。

当時の有馬温泉は、すでに「病を癒す湯」として評判が高く、天皇がわざわざ遠征してまで訪れるほどの名湯でした。

舒明天皇は、体調を崩した際に有馬温泉で湯治を行ったとされ、その後、温泉の効能を高く評価したという記録が残っています。

また、孝徳天皇も有馬温泉を訪れ、周囲の整備を進めたと伝えられています。

当時の交通事情を考えると、

「天皇が訪れる=国家レベルで価値が認められた温泉」

という意味を持ちます。

これは、単なる湯治場ではなく、“国が認めた特別な温泉” だったことを示す重要な証拠です。

さらに、奈良時代には役人や貴族たちも湯治に訪れるようになり、有馬温泉は「癒しの場」としてだけでなく、政治や文化の交流が行われる社交の場としても発展していきました。

現代の有馬温泉を歩いていると、石畳の道や古い社寺の佇まいの中に、こうした古代の歴史が静かに息づいていることを感じられます。

奈良・平安時代の文献にも登場

有馬温泉は、奈良・平安時代の文献にもたびたび登場する、日本の歴史に深く刻まれた温泉地です。

『風土記』や『日本書紀』に続き、平安時代の文学作品にもその名が記されており、当時の貴族たちにも広く知られた名湯だったことがわかります。

特に『延喜式』には、有馬温泉が「名湯として朝廷に認められていた」ことを示す記述が残っています。

これは、温泉が単なる湯治場ではなく、国家的に価値を持つ場所として扱われていた証拠です。

また、平安時代の紀行文や和歌にも有馬温泉が登場します。

貴族たちは、六甲山の自然に囲まれた温泉地を訪れ、湯治だけでなく、四季の景色や静かな環境を楽しんでいたとされています。

文学と文化への影響

文学と文化への影響

有馬温泉の歴史を語るうえで欠かせないのが豊臣秀吉です。

秀吉は有馬温泉をこよなく愛し、何度も訪れたほか、温泉街の整備にも力を注ぎました。

特に有名なのが「太閤の湯殿館」に残る蒸し風呂跡。

秀吉が実際に利用したとされる湯殿が復元されており、当時の温泉文化を体感できます。

また、秀吉は温泉街の発展にも貢献し、有馬温泉は「太閤の湯」として全国に知られるようになりました。

文人たちが残した記録

有馬温泉は、古くから多くの文人・歌人に愛されてきました。

松尾芭蕉は有馬を訪れた際に俳句を詠み、与謝野晶子は温泉街の情景を短歌に残しています。

彼らが有馬温泉に魅了された理由は、温泉の効能だけでなく、六甲山に囲まれた自然の美しさや、静かで落ち着いた街並みにあったといわれています。

文学作品に残された言葉を辿りながら温泉街を歩くと、当時の文人たちが見た景色が重なって見えるような感覚があります。

名物「炭酸せんべい」の誕生

有馬温泉の名物「炭酸せんべい」は、明治時代に誕生しました。

温泉地に湧く炭酸泉を活かして作られたお菓子で、パリッとした食感と素朴な甘さが特徴です。

当時は「温泉の恵みをお土産にしたい」という思いから生まれたもので、今では有馬温泉の象徴的な名物として全国的に知られています。

温泉街を歩くと、焼きたての炭酸せんべいを提供する店もあり、食べ歩きにもぴったりです。

楽天市場より引用

湯泉神社と温泉寺

湯泉神社:有馬温泉の守り神

湯泉神社は、有馬温泉の湧出を司る神を祀る神社で、古くから「温泉の守り神」として地域の人々に大切にされてきました。
ご祭神は、

大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)

いずれも“医療・温泉・癒し”に関わる神々で、古代から温泉の効能が信仰と結びついていたことがわかります。

境内はこぢんまりとしていますが、静かで落ち着いた雰囲気があり、温泉街の喧騒から少し離れて心が整う場所です。

温泉に入る前に参拝すると、なんとなく“旅の始まり”を感じられるスポットでもあります。

温泉寺

温泉寺(おんせんじ)は、有馬温泉の歴史を語るうえで欠かせないお寺です。

奈良時代に、全国を旅しながら人々を助けた僧・行基(ぎょうき)が開いたといわれています。

行基は、有馬の湯に「人を癒す力がある」と感じ、温泉で体を整え、仏の教えで心を整える──そんな“身も心も元気になる場所”として温泉寺を建てました。

境内は温泉街の少し高い場所にあり、階段を上ると、木々に囲まれた静かな空間が広がります。

街の賑わいから少し離れ、ふっと深呼吸したくなるような落ち着いた雰囲気です。

現代の有馬温泉

金泉・銀泉を楽しめる外湯

有馬温泉の魅力を語るうえで欠かせないのが、金泉(きんせん)と銀泉(ぎんせん)という2種類の泉質です。

外湯の「金の湯」「銀の湯」では、この2つを気軽に楽しむことができます。

金泉は鉄分と塩分を多く含む赤褐色の湯で、湯船に浸かると体の芯からじんわり温まり、湯上がり後もポカポカが続きます。

一方、銀泉は無色透明で炭酸を含む爽やかな湯。

血行促進やリフレッシュ効果があり、金泉とはまったく違う入り心地です。

外湯めぐりをすることで、「同じ温泉地でこんなに違う湯が楽しめるのか」と驚く人も多く、有馬温泉の個性を最も感じられる体験のひとつです。

六甲山とのセット観光

有馬温泉は、ロープウェーで六甲山とつながっているため、「温泉 × 山の絶景」という贅沢な組み合わせを楽しめるのが現代の魅力です。

ロープウェーに乗ると、六甲山の自然が一望でき、季節ごとに違う景色が広がります。

特に人気なのが、六甲山から眺める夜景。

「日本三大夜景」のひとつに数えられ、神戸の街が宝石のように輝く景色は圧巻です。

温泉で癒されたあとに夜景を眺めるという、

“現代ならではの贅沢な旅”ができるのも有馬温泉の魅力です。

時を超えて息づく、有馬という物語

有馬温泉には、神話の時代から続く物語が静かに流れています。

三羽のカラスが見つけた湯、古代の天皇が癒された湯、豊臣秀吉が愛し、文人たちが言葉を残した湯。

そのすべてが、今の温泉街の空気の中に溶け込んでいます。

金泉と銀泉が湧き続ける音、石畳を歩く足音、六甲山から吹き下ろす風。

どれもが、有馬温泉が積み重ねてきた時間の深さをそっと語りかけてくれます。

歴史ある温泉地でありながら、カフェや外湯、ロープウェーなど、現代の旅人を迎える新しい魅力も息づいている。

古さと新しさが自然に混ざり合うこの街は、訪れるたびに違う表情を見せてくれます。


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